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福岡高等裁判所 昭和63年(ネ)300号 判決

主文

一  本件附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人(附帯被控訴人、以下「被控訴人」という。)重森行夫は、被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)金子三鈴に対し、別紙物件目録一記載の土地につきなした福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四一九号持分全部移転登記及び同目録二記載の建物につきなした同法務局同日受付第三〇四二〇号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

2  被控訴人(附帯被控訴人、以下「被控訴人」という。)田中登は、被控訴人重森行夫に対し、別紙物件目録一記載の土地につきなした福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四二一号持分全部移転登記及び同目録二記載の建物につきなした同法務局同日受付第三〇四二二号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

3  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)の被控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。

二  本件控訴及び控訴人の当審における新たな請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人金子三鈴に生じた分はこれを五分し、その二を被控訴人重森行夫の、その一を被控訴人田中登の、その余を控訴人のそれぞれ負担とし、被控訴人重森行夫、同田中登及び控訴人に生じた分はそれぞれ各自の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  主位的申立

(一) 原判決を取り消す。

(二) 当審における新たな請求として、被控訴人金子三鈴、同田中登は、控訴人に対し、別紙物件目録一、二記載の各不動産につき、控訴人の別紙登記目録一記載の登記を同目録二記載の登記に更正する更正登記手続を承諾せよ。

(三) 被控訴人金子三鈴の請求をいずれも棄却する。

(四) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人金子三鈴の負担とする。

2  予備的申立

(一) 原判決を次のとおり変更する。

(1) 被控訴人重森行夫は、控訴人に対し、別紙物件目録一記載の土地につき、昭和五七年七月三一日付売買を原因とする持分全部移転及び同目録二記載の建物につき、同日付売買を原因とする所有権移転の各登記手続をせよ。

(2) 被控訴人田中登は、同重森行夫に対し、別紙物件目録一記載の土地につきなした福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四二一号持分全部移転登記及び同目録二記載の建物につきなした同法務局同日受付第三〇四二二号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

(3) 被控訴人金子三鈴の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人金子三鈴の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する被控訴人金子三鈴の答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  附帯控訴の趣旨

1  主文第一項と同旨の判決

2  控訴費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

四  附帯控訴の趣旨に対する控訴人の答弁

本件附帯控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

(以下、原判決同様、被控訴人金子三鈴が被控訴人重森行夫、同田中登に対して提起した福岡地方裁判所昭和五八年(ワ)第三五三号所有権移転登記抹消登記手続請求事件を「第一事件」、控訴人が右事件の参加人として被控訴人金子三鈴、同重森行夫、同田中登に対して提起した同裁判所昭和五九年(ワ)第一八三号所有権確認等請求事件を「第二事件」という。)

(第一事件について)

一  請求原因(被控訴人金子三鈴)

1 被控訴人金子三鈴は、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していたが、昭和五七年七月二七日、被控訴人重森行夫に対し、本件土地、建物を売り渡した(以下「本件売買」という。)。

2 被控訴人重森行夫は、本件土地につき、福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四一九号持分全部移転登記を、本件建物につき、同法務局同日受付三〇四二〇号所有権移転登記を各経由した。

3 被控訴人金子三鈴は、同重森行夫との間で、昭和五八年一月二六日、本件売買契約を解除する旨を合意した。

4(一) 被控訴人金子三鈴は、昭和五七年七月三一日、被控訴人重森行夫から本件売買代金のうち金五〇〇万円の弁済を受け、さらに同年一〇月三一日、被控訴人重森行夫との間で、本件売買代金のうち金五〇〇万円と被控訴人重森行夫の同金子三鈴に対する工事代金五〇〇万円とを相殺する旨を合意していたところ、前記のように本件売買契約が合意解除されたことにより、被控訴人金子三鈴は、同重森行夫に対し、原状回復として右金一〇〇〇万円の支払債務を負うに至った。

(二) 他方、被控訴人金子三鈴は、同重森行夫に対し、次のとおり合計金九〇二万〇〇七〇円の債権を有していた。

(1) 被控訴人金子三鈴は、同重森行夫が日本フェラス工業株式会社から商品を金五〇〇万円で買い受けた際、その代金支払債務を連帯保証していたところ、うち金三二〇万円を右会社に代位弁済したので、同重森行夫に対し右同額の求償債権を取得した。

(2) 被控訴人金子三鈴は、同重森行夫が西日本相互銀行から金三〇〇万円を借り受けた際、その借受金返還債務を福岡県信用保証協会とともに連帯保証していたところ、右銀行及び代位弁済した右協会に対し合計金二七六万〇〇七〇円を代位弁済したので、同重森行夫に対し右同額の求償債権を取得した。

(3) 被控訴人金子三鈴は、同重森行夫が福岡県中央信用株式会社から金二〇〇万円を最終弁済期昭和六〇年三月末日の約定で借り受けた際、同重森行夫の委託を受けてその借受金返還債務を連帯保証したため、同重森行夫に対し右借受金残額金一六〇万円の事前求償債権を取得した。

(4) 被控訴人金子三鈴は、沢村昭八に指輪二個を代金二五〇万円で売り渡した際、被控訴人重森行夫が右代金支払債務を連帯保証していたので、同重森行夫に対し、代物弁済を受けた金一二〇万円を除いた残額金一三〇万円の保証債務履行債権を有していた。

(5) 被控訴人金子三鈴は、昭和五七年一二月二四日、同重森行夫に金二六万円を貸し渡したので、同重森行夫に対し支払ずみの金一〇万円を除いた残額金一六万円の貸金返還債権を有していた。

(三) そこで、被控訴人金子三鈴は、昭和五九年一二月一三日、同重森行夫との間で、右(二)の各債権と右(一)の返還債務とを対当額で相殺する旨の合意をし、その結果、被控訴人金子三鈴の同重森行夫に対する本件売買代金返還債務は金九七万九九三〇円となった。

その後、被控訴人金子三鈴は、昭和六三年四月四日、同重森行夫に対し右金九七万九九三〇円を支払ったので、本件売買代金返還債務は消滅した。

5 被控訴人田中登は、同重森行夫から、本件土地につき、福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四二一号持分全部移転登記を、本件建物につき、同法務局同日受付第三〇四二二号所有権移転登記を各経由した。

6 よって、被控訴人金子三鈴は、同重森行夫に対し、本件売買契約の合意解除に基づき、本件土地につきなした福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四一九号持分全部移転登記及び本件建物につきなした同法務局同日受付第三〇四二〇号所有権移転登記の各抹消登記手続を求めるとともに、被控訴人田中登に対し、債権者代位権に基づき、本件土地につきなした福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四二一号持分全部移転登記及び本件建物につきなした同法務局同日受付第三〇四二二号所有権移転登記の各抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

(被控訴人重森行夫)

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

3  同4のうち、(一)の被控訴人重森行夫が昭和五七年七月三一日同金子三鈴に対し本件売買代金の内金として金五〇〇万円を支払ったこと(ただし、後記抗弁1のとおり、被控訴人重森行夫は同日同金子三鈴に対し金七〇〇万円を支払ったものである。)、被控訴人重森行夫と同金子三鈴が同年一〇月三一日、前記工事代金債権と本件売買代金債権のうち金五〇〇万円とを相殺する旨を合意したこと(ただし、後記抗弁2のとおり、被控訴人重森行夫が同金子三鈴に対して有していた右工事代金債権は金八〇〇万円であり、右相殺の合意は、本件売買代金のうち金八〇〇万円についてなされたものである。)を認めるが、その余の事実は否認する。

(被控訴人田中登)

1  請求原因1ないし4の事実は知らない。

2  同5の事実は認める。

三 抗弁(被控訴人重森行夫)

1  被控訴人重森行夫は、同金子三鈴に対し、本件売買代金につき、同売買契約締結の際、手付金として金二〇万円を、昭和五七年七月三一日に金七〇〇万円を、同年八月六日に金三〇〇万円をそれぞれ支払った。

2  被控訴人重森行夫は、同金子三鈴に対し工事代金債権金八〇〇万円を有していたので、昭和五七年一〇月三一日、同金子三鈴との間で、右工事代金債権と本件売買代金債権のうち金八〇〇万円とを相殺する旨を合意した。

3  仮に被控訴人金子三鈴主張の合意解除があったとしても、同人は被控訴人重森行夫に対し、原状回復として右合計金一八二〇万円の支払債務を負担している。

四 抗弁に対する認否(被控訴人金子三鈴)

1  抗弁1、2の各事実は否認する。

2  同3の主張は争う。前記請求原因4のとおり、被控訴人金子三鈴の同重森行夫に対する原状回復債務はすでに消滅している。

(第二事件について)

一  請求原因(控訴人)

1 被控訴人金子三鈴は、本件土地、建物を所有していたが、昭和五七年七月二七日、被控訴人重森行夫に対し、本件土地、建物を売り渡した(本件売買)。

2 控訴人は、同年七月三一日、被控訴人重森行夫から本件土地、建物を買い受けた。

3 被控訴人田中登は、登記面上、同重森行夫から、本件土地につき、福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四二一号持分全部移転登記を、本件建物につき、同法務局同日受付第三〇四二二号所有権移転登記を各経由している。

4 ところで、控訴人と被控訴人田中登は同姓同名であり、右各移転登記がなされた当時、控訴人の住所は「福岡市中央区平尾三丁目三〇番九号」であり、被控訴人田中登の住所は「福岡市中央区平尾四丁目六番八号」であった。控訴人は、本件土地、建物を買い受けた後、本来であれば当時の自分の住所である右平尾三丁目の住民票を添付して必要な登記申請手続をすべきであったが、控訴人が区役所において住民票の交付申請をしたところ、区役所の過誤により同姓同名の右「福岡市中央区平尾四丁目六番八号」と表示された住民票の交付を受け、これを自分の住民票として添付して登記申請手続をしてしまい、誤った登記名義人のまま右各移転登記がなされた。このような場合には、右各移転登記に錯誤があるというべきであるから、更正登記をすることができる。本件土地、建物につきなされた別紙登記目録一記載の登記は同目録二記載の登記に更正すべきものである。

5 被控訴人金子三鈴、同田中登は、控訴人が本件土地、建物につき右更正登記をするについて登記上利害関係を有する第三者である。

また、被控訴人金子三鈴、同重森行夫、同田中登は、本件土地、建物の所有権が控訴人にあることを争っている。

6 よって、控訴人は、本件土地、建物の所有権に基づき、被控訴人らに対し、本件土地、建物が控訴人の所有であることの確認を求めるとともに、主位的に、被控訴人金子三鈴、同田中登に対し、本件土地、建物につき別紙登記目録一記載の登記を同目録二記載の登記に更正する更正登記手続を承諾することを求め、予備的に、被控訴人田中登に対し、本件土地につきなした前記持分全部移転登記及び本件建物につきなした前記所有権移転登記の各抹消登記手続を求め、前記売買契約に基づき、被控訴人重森行夫に対し、本件土地につき昭和五七年七月三一日付売買を原因とする持分全部移転及び本件建物につき同日付売買を原因とする所有権移転の各登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

(被控訴人金子三鈴)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は知らない。

仮に控訴人主張の各登記が錯誤により更正できるとしても、本件においては、登記簿上の記載からみて、被控訴人田中登の登記が一見して控訴人の所有権取得登記の誤謬であるとはいえず、また更正されるべき控訴人の所有権取得登記の内容が十分判断できるものではなく、被控訴人金子三鈴は、本件土地、建物につき前記のように本件売買契約を合意解除しており、右解除により本件土地、建物につき所有権を者するに至ったものである。被控訴人金子三鈴は、右の事情から、登記上利害関係を有する第三者として、控訴人の前記更正登記手続に対し承諾を拒否する正当な権利を有する。

5  同5の事実は認める。

(被控訴人田中登)

1  請求原因1、2の各事実は知らない。

2  同3、5の各事実は認める。

三 抗弁(被控訴人金子三鈴)

被控訴人金子三鈴は、同重森行夫との間で、昭和五八年一月二六日、本件土地、建物についての本件売買契約を解除する旨を合意した。控訴人は、本件土地、建物につき所有権移転登記を経ていないので、その所有権取得を被控訴人金子三鈴に対抗することができない。

四 抗弁に対する認否(控訴人)

抗弁事実は否認する。

五 再抗弁(控訴人)

1  控訴人は、被控訴人重森行夫から、本件土地につき福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四二一号持分全部移転登記を、本件建物につき同法務局同日受付第三〇四二二号所有権移転登記を各経由した。

右各登記上は、その権利者の住所が「福岡市中央区平尾四丁目六番八号」となっており、控訴人の当時の住所である「福岡市中央区平尾三丁目三〇番九号」と異なっているが、登記上の右表示は控訴人を表示するものであって、右の相違点は単なる更正登記によって間に合う程度の軽微なものである。

そして、実際、控訴人は、本件建物につき福岡法務局昭和六一年八月一八日受付第三二一一七号をもって登記名義人表示変更更正登記を了した。

2  仮に控訴人の経由した右各登記が民法一七七条所定の対抗要件を具備していないとしても、控訴人は、同法五四五条一項但書所定の「解除により権利を害されない第三者」に該当する。

控訴人の具備した登記は、住民票の交付を受ける際の錯誤により所有者の住所が一部食い違っている程度のものであり、控訴人が実体上本件土地、建物の所有者であることは明らかであり、控訴人は第三者としてなすべきことはすべてなしているのであるから、民法五四五条一項但書により保護される第三者に当たるというべきである。

3  被控訴人金子三鈴と同重森行夫との間の本件売買契約の合意解除は、次の事情により、信義則に反し無効である。

(一) 被控訴人金子三鈴は、同重森行夫との間で本件売買契約を合意解除する以前に、被控訴人重森行夫が控訴人に対して本件土地、建物を売却し、登記も移転していること、しかも、その登記上所有者である控訴人の住所に過誤があることを熟知したうえ、被控訴人重森行夫と右合意解除をした。

(二) 被控訴人重森行夫は、控訴人から本件土地、建物の売買代金を受け取っていたにもかかわらず、被控訴人金子三鈴との間で右合意解除をした。

(三) 本件土地、建物についての移転登記が控訴人に対して瑕疵なくなされていれば、被控訴人金子三鈴は、控訴人に対してなんらの請求もなしえないから、合意解除などするはずがない。被控訴人金子三鈴が右合意解除をしたのは、被控訴人重森行夫との関係を清算するためではなく、控訴人が不知の間に、控訴人の過誤を奇貨として、控訴人から本件土地、建物を取り戻すためになされたものである。

(四) 被控訴人金子三鈴は、右合意解除に基づく原状回復義務により、本来なら被控訴人重森行夫から先に受け取った金員を返還すべきであるにもかかわらず、相殺契約により清算しようとしている。

六 再抗弁に対する認否(被控訴人金子三鈴)

1  再抗弁1のうち、福岡法務局昭和六一年八月一八日受付第三二一一七号登記名義人表示変更更正登記が存することは認め、その余の事実は否認する。

右変更更正登記は、被控訴人田中登の住所の更正及び変更の登記であり、控訴人を表示する登記ではない。右変更更正登記は、昭和六一年一〇月二五日受付第四二九四三号登記名義人表示更正登記により、錯誤を原因として被控訴人田中登の正しい住所である「福岡市中央区平尾四丁目六番八号」に再び更正されている。

2  同2の主張は争う。

3  同3の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  第一事件及び第二事件の関係について

被控訴人金子三鈴の提起した第一事件は、同人が本件土地、建物のもと所有者であったが、被控訴人重森行夫に対し一旦は売り渡したものの、合意解除によりその所有権を回復したことに基づく請求であり、他方、控訴人が右第一事件に参加人として提起した第二事件は、同人が被控訴人重森行夫から本件土地、建物を買い受けたとして所有権に基づく請求であるから、第一事件及び第二事件における各訴訟の目的は、本件土地、建物の所有権の帰属であって、第一事件及び第二事件は、右の目的を合一にのみ確定すべき関係にあることが明らかである。以下、この見地から順次検討する。

二  第一事件及び第二事件の各請求原因1(本件売買)について

〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、本件土地、建物は、被控訴人金子三鈴がもと所有していたが、同人が昭和五七年七月二七日被控訴人重森行夫に売り渡した(本件売買)ことが認められ(右の事実は被控訴人金子三鈴、同重森行夫、控訴人との間では争いがない。)、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  第一事件の請求原因2(被控訴人重森行夫の登記)について

〈証拠〉によれば、被控訴人重森行夫が同金子三鈴から本件土地につき福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四一九号持分全部移転登記を、本件建物につき同法務局同日受付第三〇四二〇号所有権移転登記をそれぞれ経由したことが認められ(右の事実は被控訴人金子三鈴と同重森行夫との間では争いがない。)、これに反する証拠はない。

四  第二事件の請求原因2(被控訴人重森行夫と控訴人間の売買)について

控訴人は、被控訴人金子三鈴がその余の被控訴人らに対し提起した第一事件について、本件土地、建物の所有権が自己に帰属するものと主張して、参加人として被控訴人らに対し第二事件を提起したものであるが、その所有権取得の原因として、本件土地、建物を被控訴人重森行夫から買い受けた旨を主張するので、検討する。

〈証拠〉及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  被控訴人金子三鈴は、貴金属販売店、喫茶店を経営する者であり、他方被控訴人重森行夫は、店舗内装工事業を営む者であった。被控訴人金子三鈴は、昭和五四年二月ころ被控訴人重森行夫と知り合い、以後店舗内装工事を依頼したり、資金繰りに困った同人のために何度か手形決済資金を融通したり、保証人となったりしていた。

2  被控訴人金子三鈴は、昭和五七年七月ころ、福岡市南区大橋に店舗を建築し、貴金属販売店、喫茶店の開店を準備していたが、その資金の一部を自己所有の本件土地、建物(マンションの一区画であり、店舗である。)を他に売却して、その売却代金でまかなおうと考え、被控訴人重森行夫らにその売却を依頼していた。被控訴人重森行夫らの仲介により、本件土地、建物を買い受けようと手付金を支払った者もいたが、売買契約が成立するに至らず、被控訴人金子三鈴は、本件土地、建物の売却に苦慮することとなった。

被控訴人重森行夫は、同金子三鈴の依頼にもかかわらず本件土地、建物を売却できなかったことに責任を感じ、同人に対し、本件土地、建物を自分に売却してほしい、売買代金は借りて支払う旨の話を持ち掛けた。被控訴人金子三鈴は、右のように資金を必要としており、従前の付き合いから被控訴人重森行夫を信用していたので、右申込みに応ずることとし、同年七月二七日、本件建物内の什器、備品を含む本件土地、建物を代金二二〇〇万円、うち金二〇〇〇万円は同月末日支払、うち金二〇〇万円は同年一二月末日支払の約定で、同人に売り渡した(本件売買)。その際、売買契約書は作成されなかった。

被控訴人金子三鈴は、本件売買の際、被控訴人重森行夫から売買代金の支払のために借金をする必要があるので、本件土地、建物の登記名義を同人名義に直ちに移転してほしい旨を頼まれ、全く代金を受け取っていなかったにもかかわらず、同人を信用していたこともあり、同日、同人に右登記申請手続に必要な印鑑証明書、委任状等を渡し、実印も預けた。

3  被控訴人重森行夫は、当時資金繰りが極めて苦しい状況にあり、金融機関に対する信用もなかったので、本件売買代金の支払のため市中金融業者に融資を頼み、かねて知り合いの松本新三郎らから北島瑞津夫を融資先として紹介された。

北島瑞津夫は、当時、北島興業株式会社を経営していたが、同年七月二九日ころ、松本新三郎らの仲介により、本件土地、建物を担保として被控訴人重森行夫に対し金一五〇〇万円を貸し付けることとした。同月三一日、被控訴人重森行夫は、右金一五〇〇万円から利息、報酬等を北島瑞津夫、松本新三郎らに差し引かれ、結局、約金九〇〇万円を北島瑞津夫から受け取った。その際、被控訴人重森行夫は、北島瑞津夫から求められるままに、同人が準備した本件土地、建物に関する売渡証書の売主欄に署名、押印したほか、自分の印鑑証明書を、被控訴人金子三鈴から預っていた印鑑証明書、委任状等とともに北島瑞津夫に渡した。

被控訴人重森行夫は、同日、右金員のうち金五〇〇万円を被控訴人金子三鈴に本件売買代金の内金として支払った。同日までに支払うべき残金一五〇〇万円については、被控訴人重森行夫が同年九月末まで待ってほしい旨を申し入れたので、被控訴人金子三鈴は、これを了承した。

4  控訴人は、昭和五六年七月一日、北島瑞津夫の経営する北島興業株式会社に入社し、昭和五七年七月ころも右会社に勤務していたが、同年六月一〇日交通事故に遭って足を骨折し、以来入院していたものである。控訴人は、昭和二六年五月五日生まれであり、昭和五四年六月八日大阪府高槻市から福岡市中央区春吉に転居し、同年一〇月一〇日には同区平尾三丁目三〇番九号に妻とともに転居した。

控訴人は、それが真実売買であるかどうかはともかく、本件土地、建物の売買について買主とされているが、当時は右のように入院中であり、売主とされる被控訴人重森行夫と会ったこともなく、本件土地、建物を見分したこともなく、売買代金の交渉等に関与したこともなかった。また、本件土地、建物の売買代金は金一五〇〇万円とされるが、控訴人は、右代金の支払を全く負担せず、その代金は北島瑞津夫から借り受けたと主張するものの、その旨の借用証も作成されず、利息も返済期限も定めたことがなく、北島瑞津夫から返済を請求されたこともない。さらに、控訴人は、本件土地、建物の登記申請手続にも一切関与したことがなく、登記申請にあたって必要な住民票等の書類も北島瑞津夫において準備した。

5  北島瑞津夫は、多くの不動産を購入しており、その税金対策等のために控訴人に名義貸与を求め、控訴人がこれを承諾したことがあった。本件土地、建物の売買が行われたとされるころの直前である昭和五七年七月三日、北島瑞津夫が福岡市博多区住吉所在の土地、建物を購入したことがあるが、その際、控訴人は、買主として控訴人の名義を使用することを承諾した。

ところが、北島瑞津夫は、右住吉の土地、建物を控訴人名義に登記手続をするについて、控訴人の住所地である福岡市中央区役所において同人の住民票の交付を申請したが、同人の正確な住所を知らなかったため、単に福岡市中央区平尾在住の田中登として住民票の交付を求めた。中央区役所の担当職員は、右申請により、「福岡市中央区平尾四丁目六番八号」に住所を有する田中登(被控訴人田中登)の住民票を北島瑞津夫に交付した。被控訴人田中登は大正一四年一二月二八日生まれであり、控訴人とは二五歳以上もの年齢差があり、住民票上もそのことが明らかであるにもかかわらず、北島瑞津夫は、右の点を確認することもなく、被控訴人田中登名義の住民票を控訴人の住民票と誤信して、右住吉の土地、建物について控訴人名義とするつもりで登記申請をし、同年七月五日被控訴人田中登名義で所有権移転登記がなされた。

6  北島瑞津夫は、本件土地、建物の登記申請をするにあたっても、同年七月三一日、右同様、福岡市中央区役所において、控訴人の住民票の交付を受けるつもりで、なんら確認することもなく被控訴人田中登名義の住民票の交付を受け、これとともに被控訴人重森行夫から受け取っていた前記書類を司法書士田平博実に渡し、本件土地、建物について被控訴人金子三鈴から同重森行夫へ、同人から控訴人への持分全部移転及び所有権移転の各登記申請手続を依頼した。田平司法書士は、北島瑞津夫の右依頼に従い、登記申請書の権利者欄、前記売渡証書の買主欄にそれぞれ「福岡市中央区平尾四丁目六番八号田中登」(被控訴人田中登の住所、氏名)を記入するなどして必要な書類を整え、右各登記申請をした。その結果、同年八月二日、本件土地につき、被控訴人金子三鈴から同重森行夫へ持分全部移転登記(同日受付第三〇四一九号)、同重森行夫から同田中登へ持分全部移転登記(同日受付第三〇四二一号)がなされ、本件建物につき、被控訴人金子三鈴から同重森行夫へ所有権移転登記(同日受付第三〇四二〇号)、同重森行夫から同田中登へ所有権移転登記(同日受付第三〇四二二号)がなされた。

7  その後、昭和五七年一一月一三日ころ、前記住吉の土地、建物の売買について、福岡県東福岡財務事務所から被控訴人田中登に対し不動産取得税の納税通知書が送付されてきた。被控訴人田中登は、右土地、建物を取得したことがなかったので、自分が所属する福岡民主商工会の職員に右の調査等を依頼した。右職員の調査の結果、同年一二月末ころ、被控訴人田中登の近隣に同人と同姓同名の控訴人が住所を有しており、右土地、建物の登記申請にあたって司法書士が前記の経過で、被控訴人田中登名義の住民票を控訴人の住民票と誤って登記手続をとったことが判明した。そこで、被控訴人田中登は、昭和五八年一月一二日、右職員を介して、福岡県東福岡財務事務所長宛不動産取得税再調査願を提出し、右不動産取得税賦課の取消を求めた。

ところが、同年一月一三日ころには、本件土地、建物の売買について、福岡県西福岡財務事務所から被控訴人田中登に対し不動産取得税の納税通知書が送付され、やはり被控訴人田中登は、本件土地、建物も取得したことがなかったので、同月二八日、右同様、福岡県西福岡財務事務所長宛不動産取得税再調査願を提出し、右不動産取得税賦課の取消を求めた。以上の事実が認められる。

ところで、控訴人が本件土地、建物を被控訴人重森行夫から買い受けた旨の控訴人の主張は、右主張に沿うかのような前記売渡証書も作成されているが、右売渡証書の作成経緯、控訴人と北島瑞津夫との関係、控訴人、北島瑞津夫の右取引に対する関与の態様、程度等、以上認定の事実に照らすと、被控訴人重森行夫と北島瑞津夫との間になされた取引が真実売買であったと認定するにも合理的な疑いが払拭できないのみならず、右取引において控訴人が買主であったと認定することは、控訴人が右売買の前後を通じ売買の交渉、代金の支払、登記申請等において買主として振舞った形跡が全くなく、右売買と同じころ北島瑞津夫のために同様の経過で名義貸与をしていることなど、右認定と矛盾するものであって、到底認定できないところである。

もっとも、この点については、〈証拠〉中には、本件土地、建物を買う話は、昭和五七年七月中旬ころ、北島瑞津夫から金を出すから買わないかと話を持ち掛けられ、将来喫茶店を経営しようと思い買うことにした旨の部分があるが、右は全般にわたって真実みに乏しく不自然であるうえ、前認定に照らすと、直ちに信用できない。また、〈証拠〉中にも、被控訴人重森行夫から本件土地、建物の売却を頼まれ、代金一五〇〇万円で控訴人に売った、右売買の話のときには控訴人も立ち会ったなどと、控訴人主張の売買について多少詳しく供述する部分があるが、右証書自体重要な点で矛盾する点もあり、全般にわたって不自然な内容が多く、到底信用できない。ほかに控訴人主張の被控訴人重森行夫と控訴人との間の本件土地、建物の売買を認めるに足りる的確な証拠はない。

そうすると、控訴人の右売買の主張は、前記売渡証書が存在するものの、前認定の事情の下においては、控訴人が被控訴人重森行夫から本件土地、建物を買い受けたとの事実を認定し難いものであるから、採用することができず、控訴人の被控訴人らに対する各請求は、まずこの点において、その余の点について判断するまでもなく、その前提を欠き、失当として棄却を免れないというほかはない。

五  第一事件の請求原因5及び第二事件の請求原因3(被控訴人田中登の登記)について

〈証拠〉によると、被控訴人田中登は同重森行夫から本件土地につき福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四二一号持分全部移転登記を、本件建物につき同法務局同日受付第三〇四二二号所有権移転登記をそれぞれ経由していることが認められ(右の事実は少くとも被控訴人金子三鈴、同田中登の間では争いがない。)、反証はない。

六  第二事件の請求原因4(更正登記)について

前示第四項において認定、説示したように、本件においては、控訴人が本件土地、建物の所有権を取得したとはいい難いところであるが、仮に控訴人が被控訴人重森行夫から本件土地、建物を買い受けたとすると、控訴人がその旨の登記を有しているか、あるいは被控訴人田中登名義の登記であってもその更正が許されるかの点が問題となるので、原審以来の審理経過に鑑み、以下検討する。

前認定の各事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  被控訴人田中登は、大正一四年一二月二八日生まれであり、昭和三三年一二月一日京都市から現在の住所である福岡市中央区平尾四丁目六番八号(昭和四七年四月一日の住居表示変更前は福岡市山荘通二丁目六四番地)に転居し、以後妻子らとともに同所に居住している。

2  控訴人は、被控訴人田中登と同姓同名であるが、昭和二六年五月五日生まれであり、昭和五四年六月大阪府高槻市から福岡市中央区春吉二丁目三番一五-一〇二号に転居した後、昭和五六年一〇月一〇日同区平尾三丁目三〇番九号に転居し、妻とともに居住していた。控訴人は、その後、昭和五九年一月二六日福岡市南区花畑一丁目二一番一五号、昭和六一年一月三〇日同市中央区薬院一丁目一四番二一号、同年二月二一日京都府亀岡市安町野々神三八番地の一、同年九月五日大阪市東区博労町三丁目一七番地に転々と転居した後、現在は奈良県北葛城郡香芝町白鳳台二丁目一五番地の一六に住所を有している。

控訴人は、昭和五七年七月、八月ころは、前記のとおり入院中であった。

3  本件土地、建物については、前記のとおり被控訴人重森行夫から同田中登名義に持分全部、所有権の各移転登記がなされているが、これは、前記のとおり、北島瑞津夫が控訴人の名義を借りて被控訴人重森行夫から本件土地、建物を買い受けたとして、福岡市中央区役所において、昭和五七年七月三一日、控訴人の正確な住所を知らないまま同人の住民票の交付を申請し、被控訴人田中登名義の住民票の交付を受けたのにこれを確認することもなく、右住民票を登記申請に必要な他の書類とともに田平司法書士に渡して手続を依頼し、田平司法書士が控訴人になんら確認することもなく、登記申請書の権利者欄、売渡証書の買主欄に被控訴人田中登名義の住所、氏名を記入し、登記申請手続をしたことによるものである。

4  被控訴人田中登は、本件土地、建物についてなんらの権利を有するものではなく、同人名義となっている前記各移転登記の抹消等を承諾しているものであるが、被控訴人金子三鈴と控訴人との間で本件土地、建物の所有権を争っているため、右各移転登記をどうすべきかは裁判所において決めてほしいと考えている。

5  被控訴人金子三鈴は、後記のとおり、昭和五八年一月二六日被控訴人重森行夫との間で本件売買契約を合意解除したものであり、本件訴訟において本件土地、建物の所有権の帰属を控訴人と争っている。

6  本件建物に関しては、前記の被控訴人田中登名義の登記について、先ず昭和六一年八月一八日控訴人により「錯誤、昭和六一年二月二一日住所移転」を原因として、当時の控訴人の住所であった「京都府亀岡市安町野々神三八番地の一」とする登記名義人表示変更更正登記がなされ、次いで同年一〇月二五日被控訴人田中登により「錯誤」を原因として、右の住所を従前のように同人の住所である「福岡市中央区平尾四丁目六番八号」とする登記名義人表示更正登記がなされた。以上の事実が認められ、右認定に反する〈証拠〉は、信用することができない。

ところで、不動産の登記は、不動産に関する権利の移転等を実体関係に即して的確に公示することにより、不動産取引の安全を確保しようというものであるから、右目的を達するためには、登記の有する公示方法としての性質上、登記簿に表示された事項が真実の実体関係を的確に反映していることが不可欠な要請というべきである。そして、実体関係と異なる登記は原則として無効であり、特に権利者を表示する登記が他人名義によってなされた場合には、右事項の重要性に鑑み、実体上の権利を欠くものとして、右登記は無効であると解すべきである。この場合、登記によって表示された権利者(登記名義人)が誰かの判断は、登記の有する性質からみて、登記簿上登記名義人を特定するために記載される住所、氏名を客観的、合理的に判断して決すべきものである。

もっとも、登記においては錯誤又は遺漏が生ずることも避けられないところであり、登記と実体関係が当初から一致しない事態も生ずるが、この場合、些細な不一致を理由にすべての登記を無効とすることは妥当ではなく、不一致の内容、程度、更正の態様、更正について登記上利害関係を有する者の存否、利害の内容、程度等を考慮して、更正の前後を通じて登記の同一性が認められるときに限って、更正登記によって右不一致を事後的に更正することができるものと解される。更正登記は、有効な登記を同一性が認められる範囲内において事後的に実体関係との不一致を是正するために許されるものであって、無効な登記を有効にするためのものではない。

右の理は、権利に関する登記名義人の登記についても当然に妥当するものであって、登記名義人の住所や氏名の一部に誤記等実体関係と一致しないところがある場合には、右不一致が錯誤又は遺漏により生じ、登記名義人が更正の前後を通じ同一人であると認められるときにはじめて、右登記は有効な登記として更正登記により更正することが許されるものである。

そこで、これを本件についてみると、問題となった前記各移転登記の登記名義人は「福岡市中央区平尾四丁目六番八号」を住所とする「田中登」であるが、右表示に沿った被控訴人田中登が実在し、長年にわたり同じ場所に住所を有していたこと、右表示と控訴人の住所、氏名を比較すると、氏名は同じであるが、住所の違いは必ずしも軽微であるとはいえないこと、右各移転登記にかかる本件土地、建物の所有権をめぐって被控訴人金子三鈴が後記のように法律上の利害関係を有するに至ったことを考え併せると、右登記名義人は被控訴人田中登であると解するほかはなく、これを控訴人と解することはできず、これを控訴人名義に更正することは、登記名義人の同一性を欠くこととなり、許されないというべきである。また、控訴人が右各移転登記の実体である本件土地、建物の買主であるとは認め難く、他方被控訴人田中登も本件土地、建物についてなんらの権利を有しないことは前記のとおりであるから、いずれにせよ、被控訴人田中登名義の前記各移転登記は、実体を欠き無効であるのみならず、これを控訴人名義に更正することも許されないものである。

七  第一事件の請求原因3及び第二事件の抗弁(合意解除)について

前認定の事実に、〈証拠〉及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  被控訴人金子三鈴は、同重森行夫に対し、前記のとおり、昭和五七年七月二七日本件建物内の什器、備品を含む本件土地、建物を代金二二〇〇万円、うち金二〇〇〇万円は同月末日支払、うち金二〇〇万円は同年一二月末日支払の約定で売り渡したが、被控訴人重森行夫は、同年七月三一日金五〇〇万円を支払ったものの、その余の支払をしなかった。右支払の際、被控訴人重森行夫は、同金子三鈴に対し、右金五〇〇万円は他から借り入れた金である旨を説明し、同日支払うべき残金一五〇〇万円については、その弁済期を同年九月末まで延期してほしい旨を申し入れ、被控訴人金子三鈴の承諾を得た。

2  その後、被控訴人重森行夫は、事実上倒産するに至ったこともあって、本件売買代金の残金を支払わなかったので、被控訴人金子三鈴が再三にわたりその支払を請求したが、言を左右にするだけであった。

ただ、同年九月、一〇月には、被控訴人重森行夫が同金子三鈴に対し右支払の一部として小切手を渡したことがあったが、これも決済されなかった。

そこで、被控訴人金子三鈴は、前記大橋所在の店舗の内装工事を代金四八四万二三〇〇円の見積りで被控訴人重森行夫に依頼していたが、右内装工事が完成した同年一〇月末、これを金五〇〇万円と評価し、被控訴人重森行夫との間で、右工事代金と本件売買代金のうち金五〇〇万円とを相殺する旨を合意し、本件売買代金の一部を回収した。また、そのころ、被控訴人金子三鈴は、売却した本件建物内の什器、備品を引き取ることとし、これを金二〇〇万円と評価し、被控訴人重森行夫との間で、右金二〇〇万円を本件売買代金から減額する旨を合意し、結局、被控訴人重森行夫の未払の本件売買残代金は金一〇〇〇万円となったが、既にその支払の見通しすら立たない状況にあることは、被控訴人金子三鈴、同重森行夫にも明らかとなった。

3  被控訴人重森行夫が右のように本件売買残代金の支払を遅滞し、その支払の見込みもなくなったことから、当時本件土地、建物の登記名義が同人から他に移転していることを知らなかった被控訴人金子三鈴は、前記の経過で一旦は被控訴人重森行夫に売り渡した本件土地、建物を取り戻し、他に売却しようと考え、買主を探し始めた。同年一一月ころ、被控訴人金子三鈴は、本件土地、建物の買受けを希望する者から、その登記名義が被控訴人重森行夫から他に移転しているのではないかとの疑いがあると知らされ、早速被控訴人重森行夫に問い合わせたが、同人が他に登記名義を移したことはないなどと説明するのを納得した。

被控訴人金子三鈴は、右のような事情から、同年一二月ころになると、被控訴人重森行夫に対し、本件売買契約を解除しようとの話を持ち掛けることもあった。

4  被控訴人重森行夫は、その後も、本件土地、建物の登記簿謄本を一部変造して示すなどして他に登記名義が移転したことが被控訴人金子三鈴に判らないよう工作していたが、被控訴人重森行夫の説明に不安を抱いた同金子三鈴は、昭和五八年一月、かねてからの知り合いである司法書士前田侃に事情を説明して、相談をした。前田司法書士の調査の結果、本件土地、建物の登記名義が被控訴人重森行夫から同田中登に移転していることが判明したので、被控訴人金子三鈴は、同年一月一八日、前田司法書士とともに、被控訴人重森行夫に事情の説明を求めた。被控訴人重森行夫は、他に登記名義を移転したことは認めたものの、右登記は金五〇〇万円を借り入れるために担保として提供する趣旨でしたものであり、金五〇〇万円を支払えば、右登記は抹消できる旨を説明した。

被控訴人金子三鈴は、前田司法書士の調査結果や、本件土地、建物の登記名義人となっている被控訴人田中登に電話によって問い合わせた結果などから、同人が本件土地、建物を買い受けたことがないことを知り、本件土地、建物の所有権を取り戻すために、同年一月二五日ころ、本件売買契約を解除する旨を内容とする合意解除契約書を準備するとともに、被控訴人田中登方に赴いて事情を尋ね、同人から直接、本件土地、建物を買い受けたことがなく、同人のほかに近隣に同姓同名の田中登が居住しているため、不動産取得税の問題で迷惑しているなどの説明を受けた。

5  そこで、同年一月二六日、被控訴人金子三鈴は、同重森行夫が本件売買代金を支払わなかったことを理由に、本件土地、建物の所有権を取り戻すため、被控訴人重森行夫と前記合意解除契約書に署名、押印し、本件売買契約を解除する旨を合意した。

6  被控訴人金子三鈴は、本件土地、建物の所有権を保全するために、昭和五八年二月四日、福岡地方裁判所に登記名義人である被控訴人田中登を相手方として本件土地、建物の処分禁止の仮処分を申請し(同裁判所昭和五八年(ヨ)第一一八号)、その決定を得、同月七日、その旨の仮処分登記を経由した。

ところが、同年三月二六日、右仮処分を知った北島瑞津夫、松本新三郎らが被控訴人金子三鈴の経営する喫茶店に押し掛け、店内で同人に対し暴言、嫌がらせを執拗に行ったため、警察官を呼ぶほどの騒ぎとなった。その際、控訴人は、北島瑞津夫らに同行していなかった。また、被控訴人金子三鈴は、その後も、何度か北島瑞津夫らから右仮処分の件で暴言、嫌がらせを受けた。

7  被控訴人金子三鈴は、前記のように本件売買契約を合意解除したことにより、被控訴人重森行夫に対し、既に支払を受けていた金五〇〇万円及び前記相殺契約により消滅させた工事代金五〇〇万円の支払債務を負担することとなったが、昭和五九年一二月一三日、被控訴人重森行夫との間で、後記のように右債務と被控訴人金子三鈴が同重森行夫に対して有していた合計金九〇二万〇〇七〇円の債権とを対当額で相殺する旨を合意した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定によると、被控訴人金子三鈴が第一事件の請求原因3及び第二事件の抗弁において主張するように、同人が本件土地、建物の所有権を回復するため、昭和五八年一月二六日被控訴人重森行夫との間で本件売買契約を解除したことが認められるのであって、被控訴人金子三鈴は、右合意解除により本件土地、建物の所有権を遡及的に回復したものということができる。

八  第一事件の請求原因4(相殺及び弁済)について

前認定の各事実に、〈証拠〉を総合すると、第一事件の請求原因4の(一)、(二)の(1)ないし(5)、(三)の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

そうすると、被控訴人金子三鈴が第一事件の請求原因4において主張するように、前記合意解除に基づく原状回復として被控訴人重森行夫に対し負担した金一〇〇〇万円の支払債務は、右相殺及び弁済により消滅したものである。

九  第一事件の抗弁1ないし3について

以上認定、説示のとおり、被控訴人金子三鈴の主張にかかる第一事件の請求原因はいずれも認められるところ、これに対し、被控訴人重森行夫は、抗弁1ないし3を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

一〇  第二事件の再抗弁1ないし3について

控訴人提起にかかる第二事件については、以上認定、説示のとおり、そもそも控訴人が本件土地、建物を買い受けて所有権を取得したことも認め難く、その点においても請求原因は理由がないこととなるが、仮に右の事実が認められるとしても、被控訴人金子三鈴主張にかかる抗弁が理由があるので、ここでは、右抗弁に対する再抗弁について、以下順次検討する。

1  再抗弁1については、前示第五、六項において認定、説示したように、被控訴人重森行夫から本件土地、建物について持分全部ないし所有権の各移転登記を経由しているのは被控訴人田中登であって、控訴人ではないうえ、被控訴人田中登名義の右各移転登記を控訴人名義に更正することも許されないものである。そして、ほかに再抗弁1の主張を認めるに足りる証拠はなく、控訴人の右主張は採用することができない。

2  再抗弁2については、売買契約が合意解除によって遡及的に解除された場合であっても、右売買契約がなされた後、合意解除がなされるまでの間に、右売買の目的について利害関係を有する第三者が現われたときは、民法五四五条一項但書の規定を類推して、右合意解除によって第三者の権利を害することはできないと解されるが、不動産売買において右の理により保護されるためには、第三者は登記を具備しておく必要があると解するのが相当である。これを本件についてみると、前示第四ないし第六項において認定、説示したとおり、控訴人は、本件土地、建物を買い受けたとは認め難いのであって、本件土地、建物についてなんらの利害関係を有する者ではないのみならず、自己名義の登記も具備していないから、右にいう第三者に当たらないことが明らかである。控訴人主張の右再抗弁2も採用することができない。

3  再抗弁3については、前示第七項において認定、説示のとおり、なるほど被控訴人金子三鈴は、本件売買契約を合意解除するにあたり、被控訴人重森行夫が本件土地、建物に経由された移転登記について金五〇〇万円借入れの担保に提供しているだけとの弁明にもかかわらず、あるいは他に売却しているのではないかと疑われるふしもある状況のもとで、その移転登記が同人から誤って被控訴人田中登名義になされたことを知りながら、被控訴人田中登名義の右登記が他に変らないうちに、本件土地、建物の所有権を自分に取り戻そうと考え、急遽被控訴人重森行夫と前記合意解除をするに至ったことが認められ、これによると、被控訴人金子三鈴が右合意解除をするに至ったのは本件土地、建物の登記名義が権利者でない被控訴人田中登名義になっていることがその契機の一つであったことを窺うことはできよう。しかし、被控訴人金子三鈴が本件売買を同重森行夫と行うに至った経緯、被控訴人重森行夫の本件売買代金の支払遅延、不払の状況、被控訴人重森行夫の同金子三鈴に対する本件土地、建物の権利関係の説明の状況、被控訴人金子三鈴が右合意解除を具体化するに至った経過等、前示第七項で認定し、説示した事情を考慮すると、被控訴人金子三鈴が一旦は売却した本件土地、建物を被控訴人重森行夫から取り戻そうとしたことは誠にやむを得ない事情があったものであり、合意解除の方法を選んだことも、その経過、態様に照らすと自然であって、特に不相当とはいい難く、右合意解除が信義則に反するということはできない。また、控訴人は、前記のとおり、本件土地、建物の権利について利害関係を有する者ではないから、右合意解除の適否について言及できる立場にないことも明らかである。ほかに再抗弁3の主張を認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右主張も採用することができない。

そうすると、控訴人主張の再抗弁1ないし3はいずれも理由がないから、控訴人の第二事件における各請求は、前記抗弁が認められることとなり、この点においても失当として棄却を免れないものである。

一一  第一事件及び第二事件の各請求の当否について

以上の認定、説示から明らかなように、被控訴人金子三鈴は、本件土地、建物のもと所有者であったが、前記合意解除により再び所有権を回復するに至ったものであり、他方、控訴人は、本件土地、建物を買い受けたことも認め難いうえ、右合意解除に対抗しえる第三者に当たらないことも明らかであるから、本件土地、建物の所有権は被控訴人金子三鈴に帰属するものというべきである。

そうすると、被控訴人金子三鈴は、合意解除に基づき、被控訴人重森行夫に対し、本件土地につきなした福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四一九号持分全部移転登記及び本件建物につきなした同法務局同日受付第三〇四二〇号所有権移転登記の各抹消登記手続を求めることができるとともに、右権利を保全するため、権債者代位権に基づき、被控訴人田中登に対し、本件土地につきなした福岡法務局昭和五七年八月二日受付第三〇四二一号持分全部移転登記及び本件建物につきなした同法務局同日受付第三〇四二二号所有権移転登記の各抹消登記手続を求めることができるものであって、第一事件の各請求は理由があるから、すべて認容すべきものである。第一事件については、これと異なる原判決は変更を免れない。

他方、控訴人の第二事件における被控訴人らに対する各請求は、当審における新たな請求を含め、いずれも失当として棄却すべきものであるところ、原判決中控訴人勝訴の部分については被控訴人金子三鈴のみが附帯控訴を申し立てているにすぎないが、第一事件及び第二事件は、前記のとおり、合一にのみ確定すべき関係にあるから、合一に確定すべき必要がある範囲内においては、右附帯控訴に基づき、被控訴人金子三鈴以外の被控訴人らの関係においても、原判中控訴人勝訴の部分を控訴人に不利益に変更することができると解するのが相当である。したがって、第二事件についても、右説示と異なる原判決中控訴人勝訴の部分は、すべて変更を免れない。

一二  結論

よって、被控訴人金子三鈴の本件附帯控訴は理由があるから、これに基づき原判決を主文第一項のとおり変更し、控訴人の本件控訴及び当審における新たな請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 権藤義臣 裁判官 田中貞和 裁判官 升田 純)

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